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上役の思い込みは指摘するべきなのか

どこぞの首相が、「未曾有」を「みぞゆう」と、「踏襲」を「ふしゅう」と読み間違えた、というニュースが新聞や週刊誌では話題になっています。

人生長いこと、そのように思い込んできたのでしょう。

財閥の御曹司、若いころから、副社長や社長という「人の上に立つ」地位にいたせいなのか、周りで指摘してあげる人がいなかったのかもしれませんね。

そして、そのまま60数年たって、自分の発した一言一句がニュースになって流れる立場に就いてしまった。考えたらかわいそうな人なのかもしれません。

自分より上の立場の人の、こうした思い込みや間違いって、指摘するべきなのか、迷うときがあります。

以前、上役で、「言質」を「げんしつ」と思い込んでいる人がいました。

「そんなこといって、相手に『げんしつ』取られたら、どうするんだ!」とか、エキサイトして言うのですが、こっちはおかしくてたまらない。お客さんの前で言っちゃったら恥ずかしいよなあ、と思いながら、結局、そのまま指摘はしませんでした。

だんだん年をとってくると、自分の間違いを指摘してくれる人というのはいなくなってきます。なまじ、賢こぶっていると、失敗したときは余計、陰で笑われることにもなる。

おバカキャラが、巷でははやっていますが、たぶんああいうキャラだったら、きっと周りからは、「お前、アホだなあ、これは『げんち』って読むんだよ」と教えてもらえたことでしょう。

自分の恥ずかしい誤りを指摘されるのは嫌なものですが、間違えつづけて、陰で笑われるのはもっと嫌だなあ。

人に指摘されても受け止める、広い度量を持ちたいものです、と、さっきまで、「一言一句」を「いちげんいっく」と思いこんでいた私は思うのでした(「いちげんいっく」って入力しても出てこなかったのよ~! 正しくは「いちごんいっく」)。

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