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2011年1月

エジプト情報はtwitterから

原稿難渋で、ブログに逃避。

ぼけぼけしているうちに、今日で1年12分の1が終わり。
今月もまた、ブログ、あまり、書けなかったな。

ここんとこ、ブログからtwitterにシフトして書いていたけど、最近は、twitterも、もっぱら情報収集のために使うことが多くなってきた。

エジプトのデモに関しては、なんといってもtwitterが一番、早く情報が入ってきたし、こんな面白いサイトがあるよ、こんな便利で役立つアプリがあるよ、といった情報も、最近はtwitter経由で知ることが多い。

私も、社交辞令の挨拶を交わす(されるほうも、年中だったら引くだろう)といった使い方よりも、有益と思ったツイートをリツイートしたり、引用させてもらうという使い方が増えてきた。

また変わるかもしれんけど。

それと、情報を得るには、英語力つけないとアカンなあ、と、つくづく思った。

そのためのツールとして、@aixcaさんのツイートにあったこれ、いいと思う。

http://twitter.com/#!/aixca/status/31915446936543232

……ってことで、仕事に戻ろ。

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『翻訳事典 2012年度版』に記事かいた!

アルクさんが毎年発行しているムック『翻訳事典』、今年も「2012年度版」が1月15日に刊行になりました。

今回も、記事を書かせていただきました。といっても、今回は1本だけなんだけど・・・bleah

映像翻訳を学ぶ講座を見学させていただいて、そのレポートを書きました。

映像翻訳と言われると、ぱっと思いつくのは映画の字幕。
この日の授業も、映画のスクリプトの翻訳をする、という内容でした。

ほんの2分ぐらいの脚本なのに、ものすごい、手間と時間と神経をつかって翻訳というものはなされるのだ、ということが、わかり、非常に面白かった。

「ダース・ベ『イ』ダー」なのか、「ダース・ベ『ー』ダー」なのか、なぜ、その表記を選んだのか、きちんと根拠を示して説明できないといけない。

また、映像翻訳の中で、映画の字幕というのは、ほんの一部であって、今は、「映像」と名のつく、ありとあらゆるものが、翻訳対象になるそうです。例えば、歌手のプロモーションビデオ、舞台公演、企業のプロモーションビデオなどなど。

ニーズが多様化しているので、自分の好きな分野のことを活かすチャンスも広がっている、ということ。

これからますます、「映像」は増えていくだろうから、面白い分野だと感じました。

そのほかにも、現在公開中の話題の映画「ソーシャル・ネットワーク」の翻訳制作の裏話とか、電子書籍の登場で翻訳界・出版界にはどんな影響があるのか、とか、興味深い記事がたくさん出ています。

詳しくは、コチラ

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「僕」?「ぼく」? 「俺」?「オレ」? 考

原稿難渋なう。catface

……ということで、ブログに、しばし逃避。(-_-;)

昨年の11月にインタビューした、ある芸人さん。
記事を書いたのものが、昨日、やっと製本されて出来上がってきた。
ほぼ修正なしだった。嬉しい。

・・・・・・

記事を書くとき、神経を使うことの一つは一人称だ。
つまり、その人が自分のことをなんと呼称しているか。

女性の場合は、だいたい「わたし」、公的な立場の人だと「わたくし」もある。

問題は男性の場合だ。

「僕」「俺」「私」「おいら」・・・。

どの一人称かを使うかで、イメージが、かなり違ってくる。

今回、インタビューした芸人さんは、イメージ通り、「僕」だった。

画面では、「おバカ」なことをしているけれど、実際に会った印象はとても礼儀正しい好青年。育ちのよさを感じた。たぶん「俺」の人ではないな、と思っていた。

さらに、これを文字にするときに迷う。「ぼく」「僕」「ボク」。これまた印象が違う。

「ぼく」は、なんとなく、甘ったれている感じがするし、「ボク」は、軽くてキザな感じがする。

結局、その本の表記基準に従うことが多いのだけれど、今回は「僕」と漢字にした。
イメージが合ってよかった。

・・・・・・・

日本語はやたらと一人称が多い。

でも、男性の初級日本語学習者で、「僕」「俺」を使っている人って、あまりいない気がする。

印象であって、正確な数字に基づいて言っているわけじゃないのだけれど。

多くの教科書が「わたし」で教えている影響なのか、それとも女性の先生が多いからなのか。

最初から「僕」で導入とかって、やっぱ、ないんでしょうね。

(旧能力試験の出題基準のレベルによると、「わたし」「わたくし」4級、「ぼく」3級、「おれ」1級)。

・・・・・・

さてと、また原稿に戻ります。

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習慣化について

何かを決まってやること。これって、普通は、いいことと思われている。

だけど、習慣化は、すごく人の心の自由を奪うように感じるときがある。

まず、出来なかったときの罪悪感と気持ち悪さ。
これがテンション下げる。すでに囚われているっちゅーわけだ。

次に、やらなかったときに、悪いことが起きた場合。
これも「○○をやらなかったからだ」などと、原因をそこにもっていってしまいがちだ。

反対に、やったときに、いいことが起きた場合。
じゃあ、習慣化しないといけないような気になって、それも不自由だ。

習慣化は、ともすると「惰性」になって、思考停止に陥りかねない。

下手な習慣化はしないこと。
その日、その時でリセットすること。
リズムをあえて崩してみること。

新しいことをやってみようと思う心も、ここらから生まれるんじゃないかな。
タフにもなれそうだ。

……と、1本脱稿したところで、今日は、野菜な気分じゃなくって、内向きな気分でいってみました。

さて、次の仕事にとりかからねば。

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断捨離

最近、よく聞きます、この言葉。――「断捨離」。

書店でも、この言葉のついた本が並んでいる。

大まかに理解したところによると、この言葉は「モノへの執着を捨てて、不要なモノは処分したり、捨てたりして、身軽で快適な暮らしをしよう」という考え方。

正月に実家に帰った折も、この話になりました。
実家でも、断捨離を進めている模様。

妹曰く、「捨てるモノと、捨てないモノの判断は、それを見てテンションが上がるかどうか。上がるモノはとっておく、上がらないモノ、下がるモノは捨てる」。

なるほど!

そこで、断捨離するための、私なりの判断を考えた。

●「記念だから」「思い出だから」というモノ→要らない。
記憶力悪いから、何の思い出だったか、記念だったか、忘れてる。

●「痩せたら着られるかもしれない服」→要らない。
たぶん、痩せない。痩せてもきっと時代遅れな服。

●「資料になるかもしれない本」→これがいちばん悩ましい。
「自炊」するにも時間かかる。だが、小説は処分しよう。いざとなれば図書館がある。

●「CD」→音源を取り込んで処分する。

●そのほか、2つあるものは、基本1つにする。

そう思って我が家を見回すと、捨てるべきモノ、実に多い。coldsweats01
ああ、猛烈に捨てたくなってきた。

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あけましておめでとうございます!

あけました、2011年!

今年は、もうちょっと頻繁に、更新しようと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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