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「物わかりがよい」は「よいこと」なのか?

昨日は、大相撲秋場所・千秋楽。

横綱・白鵬、関脇・琴奨菊が2敗で並び、それを3敗の稀勢の里が追う、という展開。

盛り上がる千秋楽の両国に、私は、蒼国来さんの土俵復帰を応援する署名活動をしている方たちのお手伝いに行きました。

街頭で署名を呼びかけるなんて初めての経験。最初は恐る恐る、「署名、お願いします……」と、つっかえながら言っていたのですが、ほかの皆さんは署名を一生懸命呼びかけている。

私も、人が多くなってきたら、なんだかテンション上ってきて、「蒼国来関の土俵復帰を応援する署名活動を行っております。これまで2万名の方がご署名くださいました。さらなるご支援、お願いいたしまーす!」などと、大声が出るようになってきた。

署名してもらえなくても、こういうことで闘っている人がいて、すでに2万名の署名が集まっていることを知らせればいい、という思いもあって、とりあえず叫んでいると、「ああ、蒼国来、好きだったんですよ」とか「戻ってきてほしいよね」と、あたたかい言葉とともに、署名してくださる方がたくさん! 感涙。(;д;)

「本当に戻れるのかなあ」と、中には心配の声も聞かれました。まだ裁判中のことなので、戻れるのかどうかは、私にもわかりません。でも、私たちの社会は、どうも、「物分りがよい」ことが「潔い」とか「さっぱりしている」などと、美徳チックに語られることが多い気がする。

でも、それって本当にいいことなのか。諦めないで戦うことも大事なんじゃないか。

「諦めの悪い」方法をとったのは、彼が"外国人"力士だったからなのかもしれません。確かに、ぱっと散る桜が好きな日本人の文化には、そぐわないかもしれないけれど、そういう「戦い方」があることを示してくれた、とも言える。

特に3.11以降、「物分かりがよい」ことが「よいこと」なのか、疑問に感じることが多い中で、諦めずに戦い続けることは、私たちの社会に欠けていることなんじゃないかとも思ったりもするわけです。

もう一つ、蒼国来さんと話していて不思議なことは悲愴感がありません。どうしても、「戦う」っていうと、悲愴感が漂っちゃうものですが、それがない。「きっと戻れる」と信じているからなのだと思うのですが、これも「諦めない」ことの次に大事なのかなあ、とも思います。

長くなりました。

署名活動では、先日、『月刊日本語』10月号で、私が書いたインタビュー記事も一緒に配布してくださいました。読んでいただいて、少しでもこういうことで闘っている人がいることを知ってもらえれば嬉しい限りです。

署名はWEBからもできます。コチラからどうぞ。

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