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蒼国来関、勝訴の日――ある勝手連が見たその日(その3)

(前回の続きです)

蒼国来関土俵復帰を嘆願する大相撲ファン2万3118名分の署名を、相撲協会に無事提出し、勝手連はその足で、夕方5時半からロイヤルパークホテルで行われる、蒼国来関本人の記者会見場に向かった。ちなみにこのロイヤルパークホテルは、蒼国来さんが十両に昇進したときに祝賀パーティーが開かれ場所だ。

Img_1525会場に着くと、各社テレビのカメラがすでにセッティングされて、記者席も8割方、埋まっていた。やはり注目の判決だったのだったことが伺える。

勝手連も青いTシャツを着たまま、記者席の後ろのほうの席に控えて会見を聞くことにした。

時刻になり、席が整えられると、弁護士先生6人とともに蒼国来さんが入場。地裁を出たときと同じ、薄い緑色の着物が、カメラのフラッシュを受けてひときわ美しく見えた。表情はというと、幕内力士としての地位が確認されたという判決を受けたからか、関取らしい、きりっとした勝負師の威厳を取り戻しているように見える。

冒頭、勝訴を受けて「やっとこの長い2年間で、こういう結果が出ましたが、それでもあの日のことは一時も忘れてないし、一日も早く土俵に戻りたい」と語る蒼国来関。一貫して主張してきたことで、まったくブレることがない。

その後、約30分、記者会見は続くのだが、記者会見の全文は、蒼国来関本人のサイトにあるので、ここで説明するより、そちらをお読みいただいたほうが、内容はよくわかると思います。ぜひ、お読みください。

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記者会見を見ていて、気になったことが一つあった。勝訴の判決を聞いて地裁の外で写真撮影があったときもそうだったのだが、私が見る限り、この日、蒼国来さんの、いつもの笑顔を未だ見ていない気がした。蒼国来さんは、決して笑わないわけではなく、囲む会などで話をしているときはむしろ、よく笑うし、とても素敵な笑顔の持ち主だ。

実は、記者会見が終わった後、青いTシャツを着ていたせいか、とあるワイドショーの取材クルーにカメラを向けられ、「勝訴したときの蒼国来さんの様子はどうでしたか?」と聞かれた。普通は「とても嬉しそうでした」とか、答えるほうがストーリーになるのだろうけれど、どうしても、そう答えられなかった。「うーん、緊張されているのか、あるいは勝訴は当然と思っていたからなのか、それほど嬉しそうな表情では……」とかしか、答えられなかったのだ。

後日、判決を控えた3月上旬に受けたという、あるインタビュー記事を読んで、笑顔が見られなかった理由がわかったような気がした。その記事(毎日新聞3月27日朝刊。ただし東京版では記事は掲載されておらず、滋賀の方のツイートで知りました)では、記者の「判決が楽しみか?」という問いに、「あんなひどいことをされて勝訴しても喜ばないと思う」と答えている。

本人にとってみれば、理不尽なことに巻き込まれ、しなくてもよい戦いを強いられ、2年という貴重な時間を奪われたのだ。この言葉は、重い、重い意味を持つ。

でも、インタビューには、その続きがある。引用させていただく。

「でも、2年が戻ってこないといって落ち込んでいては駄目。前向きにいく。」

「1番も勝てなくても、そこから立ち上がるのが私の人生。」

蒼国来関の土俵復帰は、4月3日、相撲協会が開く臨時理事会で正式決定する見込みだ。復帰場所がいつになるかは、これからだと思うが、たとえ1番も勝てなくても蒼国来さんは諦めないと思う。この裁判を戦い抜いたように。

そして、勝手連は、引き続き、そんな蒼国来さんの応援団になる。(了)

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コメント

お疲れさまでした。
蒼国来関を応援してきた勝手連の方々の思いと青山さんの信念が伝わってきました。
もしくじけていたら、その後の人生はどうなったのだろうと思うのです。
だからこそ、最後に書かれていた

1番も勝てなくても、そこから立ち上がるのが私の人生。
の決意に、人の力、生きていくことの意義を読みとることができました。

復帰後のニュースも時々伝えてください。楽しみにしています。

投稿: アルキメデス | 2013年4月 2日 (火) 14時38分

今回の出来事をめぐっては、いろんなことを考えさせられました。

私は勝手連の活動は、途中から加わったのですが、一番最初に
街頭に立ち、署名活動を始めたメンバーには敬意を表したいです。
それがなければ、何も始まらなかったと思うので。

そして、なんで、ずっと支援をし続けたのか。コメント欄で紹介するのも申し訳ないのですが、こちらの記事をどうぞお読みください。荒汐部屋創設、そして蒼国来さん入門当初から、ずっと部屋と関取を見守ってきた谷岡ケイさんが、判決を受けて書かれたものです。

この記事は今回読んだ、どんな記事よりも、一番、胸に響きました。名文です。「蒼国来がこの2年で教えてくれたこと」 http://k-show10.or.tv/sokokurai.html 

投稿: 青山美佳 | 2013年4月 2日 (火) 18時05分

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